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ボディロッキンで激ヤバ

ワンパクでもいい。ボディロッキンで激ヤバであれば。

【ネタバレ】日本は怪獣~『シン・ゴジラ』を観て~

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 観てきました。色々と庵野監督への批判もありますが、この映画を観た人たちの多くは、やはり「早くエヴァ作ってくれ」だったんじゃないでしょうか。

 というのも、この映画、非常に面白かったからです。

 

 

 ある意味、宿命とも言える海外の映画とのCG格差については、「頑張ってました」

 諦めてる部分と「ここはできる」という部分をきちんと分けて描いていて、全然そこは見劣りはしませんでした。もちろん、肝心のゴジラさん自体はスーツアクターなので、そこはもう仕方ないというか、逆にハリウッドは絶対しない演出という意味ではいいのかも、と思いました。

 この映画の面白い部分は、特に前半でした。前半の会議ばっかりでほとんど怪獣が映らず、しかもおっさんたちが「面倒くさい手続きばっかや」と言いながらも真面目に会議を進行し、法案を通し、実行に移す部分を小気味よいカット割りで次々と重ねていく部分が面白かったです。

 一つ一つの会議のクソ長い名前であったり、各部署の説明などの情報が全く説明のないまま、テロップで一瞬映るだけで映画は進行していく。これ自体はひとつの国が動くためには様々な意思決定の段階を踏み、様々な人達を動かす必要がある、ということです。そしてそれは、もちろん一言で言うなら「面倒くさい」です。ただ、こんなばかみたいな状況を想定していないということでもありますし、それが議会制民主主義というものだということです。それを大まじめに映し出すことに笑いが生まれるし、また生まれるような編集であったり、人物配置をしています。先ずここで個人的には良かったです。

 いろんな立場の人間が、自分の立場に則した、ある意味”暴言”を言いまくる序盤の会話劇は本当に面白かったです。「駆除しちゃえばいいんじゃない?」とか軽めに言いまくったりしてるのに笑える、と。

 つまり、この『シン・ゴジラ』という映画は、怪獣映画であると同時に一種のコメディ映画の要素も含まれているのだと思います。特に前半部分はその色が強いです。逆に石原さとみが出てくると、石原さとみ自体がギャグっぽすぎて逆に面白くなくなっていました。

 更に途中から、非常に濃いポリティカルコメディを同時進行で、ゴジラ専用の対策本部が作戦を練る、という二つの物語が進むようになります。ここら辺は、良い意味でよりアニメチックな人物配置に置き換わります。ゴジラの調査をするとともに対策を練り、実行する、という名目のもと、あらゆる部署、部隊からはみ出した者達が愚連隊を結成し、団結する。ここはガイナックス的な、ある意味でいろいろな作品のオマージュであったり、そもそもセルフパロディなノリがあります。この話も、言ってしまえばコメディです。基本的にはみんな”能力はあるけど慇懃無礼でクソ野郎”という奴しかいないので、みんな好き勝手にしゃべりまくり、ここでも情報量が加速度的にアップします。観客はもう、情報を追うのではなく、ただもうこの事態に対して為すがままにならざるを得ない。

 これが面白くない人にとって、この映画はすごく面白くない映画になると思います。「え、なにをしたいの?」「何を話してるの?」「どういう意味?」とブレーキをかけてしまうと、この映画は一気に冷めてしまうと思います。

 ただ、そんな人でも「ここは凄い」と思うはずなのは、中盤のある場面です。ゴジラが火を噴く場面です。あそこは問答無用で驚くというか「こんなゴジラ観たことない」と誰もが思うところだと思います。それこそ、ギャレス・エドワーズの「ゴジラ」よりもインパクトはあったかもしれません。特に、夜の東京を熱線がなぎ払い、なおかつ夜空に向けて振り回すシーンは、もはやエヴァンゲリオンでした。音楽も完全にそれを狙ってました。良くも悪くも、こんなゴジラは見たことがない、というシーンになったと思います。ただ、異様にオタク臭くなった、という意味でもあります。すげー中二臭いシーンだな、と思いました。

 このシーンから、また映画はポリティカルコメディに戻ります。ゴジラが止まるからです。今度は国際政治を題材にしたポリティカルコメディが始まる、ということです。国連を相手に、戦後日本がたどってきた道を再び思い出す、という重いテーマを怪獣映画でやること自体がコメディとも言えます。そして、次第に敵はゴジラそのものではなく、国連などに移っていくのも自然で面白いな、と思いました。「ゴジラ同様に日本も進化するんだな」という言葉は自虐的ではありますが。

 ただ、この題材は日本人が描く怪獣映画としては非常にマッチしているとも思います。逆に言えば、日本人にしか出来ない怪獣映画です。この映画はこの部分で、たとえ数十年後に観たとしても「この時代はこういう考えで動いていたんだな」と考えてもらえるような普遍性を得たと思います。

 また面白いのは、アメリカとか海外の話が出てくるというのに、これ以降はあまり石原さとみが出てこないってところです。やっぱりちょっと、あの演技はちょっときついというか、もうちょっと抑えても良かったんじゃないの、とは思います。英語頑張ってるなぁ、とは思ったんですけどね。

 ゴジラの最後は、個人的には微妙でしたが、ある意味それまでが面白かったので、まぁ、寄り切りかな、と。

 

 とまぁ、映画館でずっと楽しめる映画でした。上にも書きましたが、これは日本でしか描くことの出来ない怪獣映画であり、ハリウッドでいかにモンスターの名前を「KAIJU」にしてもたどり着けない境地だと思います。

 この映画で描かれていたゴジラは、細胞一つ一つが驚くべき速度で進化を繰り返す、ということでしたが、日本が言わばそうなのかもしれません。一人のヒーローではなく、多くの人間たちがそれぞれ自分たちにできる最大限の努力をして、困難に立ち向かう。ある意味、日本とはゴジラそのものなのかもしれません。

 

 

 ただ、ちょっと気になった部分といえば以下の3点です。

 

・善人しかいない

 登場人物が基本的に善人しかいないので、人物たちが単なる駒っぽくなってしまっている所はあったかもしれません。ただ、そういう悪人というか、面倒くさい要素を増やすとこの映画の持っている良さを殺してしまうおそれもあるので、これは問題ないかな、とも思います。ただし、基本的には全員が「日本のため」「日本国民のため」という感じで動いているのは、ちょっとアニメチックになってしまったかな、と思います。

 もちろん、官僚的な縄張り意識というか「うちの管轄じゃねーだろ」的な小競り合いはあるので、ハリウッド的な悪人がいなかっただけなのかもしれません。

 

・人物の顔のアップばかり

 これは人物描写にもつながるのかもしれませんが、基本的には喋ってる人のアップ描写が多かったので、もう少しカメラワークを変えても良かったかもしれません。ただ、個人の名前を覚えてられないので、顔を見せないと誰が何喋ってるか本当にわからないかもしれませんね。

 

石原さとみ

 ルー語が寒い。面白くない。

 

 

 これくらいです。

 とにかく、ここまできちんとした邦画のビッグバジェットタイトルを観ることができました。

 個人的には85点です。