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ボディロッキンで激ヤバ

ワンパクでもいい。ボディロッキンで激ヤバであれば。

【ネタバレ】夜明け告げる朝に夕焼けを見せたげたい~映画『君の名は。』を観て~

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 新海誠監督の『君の名は。』を観てきました。

 前評判があまりにも良かったので、「面白いのはわかってるけど、好きじゃなさそうだな」と思いつつ、ミュータント・ニンジャ・タートルズの口直しに観てきました。

 結果として、すごい良かったです。

 この映画、めちゃくちゃ好きです。

 

 

 良い点は、きちんと王道を見せつつ、観客に嫌な思いをさせない配慮がきちんとされている、というところです。

 この作品の紹介文だけを読んだ時に僕が考えたのは、

「ああ、男女入れ替わりの文化ギャップギャグ物ね」

 というものでした。

 思春期の男の子と女の子が入れ替わって、その文化(生態)の違いをネタにギャグにするのかな、と思っていたわけです。でもそれって、結構普通に今までの映画でもあったと思うんです。アニメでもあったと思います。

 でも、僕はそういうの苦手なんです。あの、主人公が恥をかくシーンがメチャクチャ苦手で、そう言うの連発されるんだろうなぁ、と暗い気持ちで観に行った次第です。しかし、この映画はそういう部分がほとんど描かれません。最初にちょこっと描くだけで、後のそれに類似した部分はなんとRADWIMPSの軽快な曲でぶっ飛ばします。このドライブ感がすごい良いです。

 そもそも、最初の導入が素晴らしいですね。入れ替わった時間を、間接的に知っていく、というシークエンスは凄く良かったです。大体、普通の作品であれば、あそこの入れ替わってる場面こそが、本筋であり、一番笑いを取りに行くシーンでもあります。そこをブツギリにするというこの流れは良かったです。早い話が、この映画はそこで笑いを取るつもりはないというか、そこは別に「描きたいものではない」ところということなんでしょう。

 途中まで、この二人の関係というのは、何もない空間越しの喧嘩を交えながらも、非常に良いものでした。それは映画全体のノリも軽快で、心地よいものに変えていました。

 

 最初は心地よく、気持ちいいということは、中盤からこの映画は牙をむく、ということです。

 この映画、途中からちょっと違う映画に変わります。最初は男女入れ替わりラブコメで、互いの長所を生かし合って、最後には結ばれるのかな、と思っていたら、なんとこの映画、『バタフライ・エフェクト物』に変わります。

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 もちろん、ここまで過去に行き来するわけではありませんが、空間だけではなく、「時間」まで違っていた、と分かるわけです。ここでもう、「おっと」と思って、今までの映画の過ごしていた心地良い二人の掛け合いが、それだけで愛おしいものに変わっていく。

 それでね、この青春とファンタジーの取り合わせに、RADWIMPSは合うんですよ。ていうか、アニメ世代の現実感をそのまま歌っているアーティストとして、合うのは当たり前なんですよね。

 僕、RADWIMPSは好きっちゃ好きなんですけど、「臭いなぁ」と思う時もあるんですよね。ただ、この映画はもう途中からRADWIMPSかかる所で大泣きですよ。

 彗星からの救助シーンでヒロインが役所に走る所でRADWIMPSがかかる時はもう、清い涙がね、しとどって感じでした。

 あの前に主人公同士が初めて出会うシーンはね、胸の話しをそこで出すかっていうのはアレでしたが、あれはもう日本のアニメのお約束みたいなもんなんでいいんですけどね。いや、あそこも良かったです。ただ、ここら辺の演技は完全に演劇の演技になってましたね。ちょっと気になりました。もしかすると、神楽とか、神事的な要素を入れるためにそうしたのかもしれませんが。あの場所が、幽世(かくりよ)ということもあるからかな、と。

 

 

 最後も、良かったです。

 僕ね、絶対この二人は二度と会わないと思ってたんですよ。新海誠だし、バタフライ・エフェクトだし、会わないでしょう、と。もしくは、こう振り向きそうになって映画が暗転、みたいなね。そこでかかるわけですよ。

www.youtube.com  完全にバタフライ・エフェクトじゃねーかっていう。どんだけ好きなんだ。

 

 ところがね、きちんと会うんですよ。

 泣くんですよ。

 名前を聞くんですよ!

 あのね、この王道感はね、やっぱりくらわされますよ(山本小鉄感)。

 恥ずかしがらずに王道で、最後はハッピーエンドで終わるってのはね、やっぱり良いです。こういうのがあるから、そうじゃない作品も生きるんですよ。

 こういう、多くの人に向けた作品ってのはこうあって欲しいな、と思いました。それくらい凄くいいおわらせ方でした。

 

 重箱の隅つついたらね、何個か言いたいことはあるんですよ。

 例えば、やっぱりあの救助シークエンスのうまく行き過ぎ感は、ちょっとあまりにもオーバーすぎてちょっと引いちゃうところとか。

 あの、市役所に行った時になんでおばあちゃんとか妹がいるのか、とか。あの人らは何してたんだろう。

 そもそも選挙の話は最後の救助シークエンスのためだけにしか機能してないんじゃないか、とか。

 

 あと、これは全く違う作品にはなっちゃうんだけど、そもそもギャップギャグのシークエンスを無くしたことによる弊害としては、主人公たちが好き合う理由が薄まってしまったことがあると思います。

 あの二人がなんでああまでして惹かれ合うか、という理由付けというのは、実はあの早足で飛ばしていたシークエンスこそが重要だったと思います。

 それはあの二人がそれぞれの家庭環境であったり、生活であったりの違いから不足していた部分を二人が補いあい、それぞれ喧嘩しながらも認め合うという、心の交流のシーンでもあったわけです。だからこそ、いろんな作品で、その部分はギャグでありながらも、最重要なシーンとして扱われてきたわけです。

 だから、その部分をなくしてしまった結果、「この二人はなんでこんなに好きになったんだろう」という人が出てくるんじゃないかなぁ、と思いました。そこら辺が、ちょっと事務的すぎたかな、とは思います。「主人公たちはもう、くっつくもんなんで」という感じがしましたね。

 

 ただ、なんでこうなっちゃったかというと、そもそも新海誠監督って、別にこの二人がくっつくかどうかってあまり気にしてなかったんじゃないかなぁ、とも個人的には思います。

 というのも、この人って、多分テーマとか物語とかよりも、絵的な何かから出発して映画を作っているんじゃないかな、と個人的には思うからです。つまり、書きたい題材があって、そこからそれにあった物語を作ってる気がする、ということです。今回の場合だと、あの糸守の町並みとか、彗星とかじゃなかったんじゃないの、と。

 そこから、「じゃ、今回の話はこういう話にしよっか。この話ならこの絵書けるでしょ」という感じで話し進めてるような気がするなぁ、と。

 これってなんか、凄いジブリっぽいというか、宮﨑駿っぽいなぁ、とも思います。『魔女の宅急便』なんて、スカートが風に吹かれてるの描きたいなぁ、から始まったみたいな話も聞いたことありますし。(クソうろ覚えなんで、間違ってるかもしれませんが)

 細田守ジブリの後釜にあんまりなれていないのは、あの人って絵的な何かからよりも、テーマとか物語から作品を作ってるようなきがするんですよね。もちろん、細田守には細田守の良さがあるし、あの人の作品も大好きですけど、ジブリっぽさという意味では、実は新海誠の方が近いのかな、と個人的には思います。今回の作品では、特にその部分を狙っていた、とも思えますが。

 あと、細田守よりも性的なものに忌避感がない、というのもそうかもしれません。細田守作品の特徴として、女性があまり性的なシンボルとして描かれていない、というのがあると思います。『おおかみこどもの雨と雪』は子供を生んでいますが、それは性的なシンボルをすっ飛ばして母性になっちゃってて、ちょっとちがうかな、と。まぁ、これは原画のせいでもあるのかな。エヴァの人の絵って、あんまり性的な肉感はないですしね。

 それに対すると、新海誠作品は(オタク的な意味で)女性にきちんと性としての価値観があるかな、とは思います。ただ、凄い記号的な価値でしかないので、そこは少し鼻につく部分でもあります。胸もみまくるシーンとか、走ってる時にパンチラぶち込むとか。こういう後になってじわじわくるサービスシーンとか、オタクっぽいなぁ、とは思います。

 

 

 色々書きましたが、とにかく凄く良かったです。

 個人的には、85点です!!!