ボディロッキンで激ヤバ

ワンパクでもいい。ボディロッキンで激ヤバであれば。

【ネタバレ】日本は怪獣~『シン・ゴジラ』を観て~

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 観てきました。色々と庵野監督への批判もありますが、この映画を観た人たちの多くは、やはり「早くエヴァ作ってくれ」だったんじゃないでしょうか。

 というのも、この映画、非常に面白かったからです。

 

 

 ある意味、宿命とも言える海外の映画とのCG格差については、「頑張ってました」

 諦めてる部分と「ここはできる」という部分をきちんと分けて描いていて、全然そこは見劣りはしませんでした。もちろん、肝心のゴジラさん自体はスーツアクターなので、そこはもう仕方ないというか、逆にハリウッドは絶対しない演出という意味ではいいのかも、と思いました。

 この映画の面白い部分は、特に前半でした。前半の会議ばっかりでほとんど怪獣が映らず、しかもおっさんたちが「面倒くさい手続きばっかや」と言いながらも真面目に会議を進行し、法案を通し、実行に移す部分を小気味よいカット割りで次々と重ねていく部分が面白かったです。

 一つ一つの会議のクソ長い名前であったり、各部署の説明などの情報が全く説明のないまま、テロップで一瞬映るだけで映画は進行していく。これ自体はひとつの国が動くためには様々な意思決定の段階を踏み、様々な人達を動かす必要がある、ということです。そしてそれは、もちろん一言で言うなら「面倒くさい」です。ただ、こんなばかみたいな状況を想定していないということでもありますし、それが議会制民主主義というものだということです。それを大まじめに映し出すことに笑いが生まれるし、また生まれるような編集であったり、人物配置をしています。先ずここで個人的には良かったです。

 いろんな立場の人間が、自分の立場に則した、ある意味”暴言”を言いまくる序盤の会話劇は本当に面白かったです。「駆除しちゃえばいいんじゃない?」とか軽めに言いまくったりしてるのに笑える、と。

 つまり、この『シン・ゴジラ』という映画は、怪獣映画であると同時に一種のコメディ映画の要素も含まれているのだと思います。特に前半部分はその色が強いです。逆に石原さとみが出てくると、石原さとみ自体がギャグっぽすぎて逆に面白くなくなっていました。

 更に途中から、非常に濃いポリティカルコメディを同時進行で、ゴジラ専用の対策本部が作戦を練る、という二つの物語が進むようになります。ここら辺は、良い意味でよりアニメチックな人物配置に置き換わります。ゴジラの調査をするとともに対策を練り、実行する、という名目のもと、あらゆる部署、部隊からはみ出した者達が愚連隊を結成し、団結する。ここはガイナックス的な、ある意味でいろいろな作品のオマージュであったり、そもそもセルフパロディなノリがあります。この話も、言ってしまえばコメディです。基本的にはみんな”能力はあるけど慇懃無礼でクソ野郎”という奴しかいないので、みんな好き勝手にしゃべりまくり、ここでも情報量が加速度的にアップします。観客はもう、情報を追うのではなく、ただもうこの事態に対して為すがままにならざるを得ない。

 これが面白くない人にとって、この映画はすごく面白くない映画になると思います。「え、なにをしたいの?」「何を話してるの?」「どういう意味?」とブレーキをかけてしまうと、この映画は一気に冷めてしまうと思います。

 ただ、そんな人でも「ここは凄い」と思うはずなのは、中盤のある場面です。ゴジラが火を噴く場面です。あそこは問答無用で驚くというか「こんなゴジラ観たことない」と誰もが思うところだと思います。それこそ、ギャレス・エドワーズの「ゴジラ」よりもインパクトはあったかもしれません。特に、夜の東京を熱線がなぎ払い、なおかつ夜空に向けて振り回すシーンは、もはやエヴァンゲリオンでした。音楽も完全にそれを狙ってました。良くも悪くも、こんなゴジラは見たことがない、というシーンになったと思います。ただ、異様にオタク臭くなった、という意味でもあります。すげー中二臭いシーンだな、と思いました。

 このシーンから、また映画はポリティカルコメディに戻ります。ゴジラが止まるからです。今度は国際政治を題材にしたポリティカルコメディが始まる、ということです。国連を相手に、戦後日本がたどってきた道を再び思い出す、という重いテーマを怪獣映画でやること自体がコメディとも言えます。そして、次第に敵はゴジラそのものではなく、国連などに移っていくのも自然で面白いな、と思いました。「ゴジラ同様に日本も進化するんだな」という言葉は自虐的ではありますが。

 ただ、この題材は日本人が描く怪獣映画としては非常にマッチしているとも思います。逆に言えば、日本人にしか出来ない怪獣映画です。この映画はこの部分で、たとえ数十年後に観たとしても「この時代はこういう考えで動いていたんだな」と考えてもらえるような普遍性を得たと思います。

 また面白いのは、アメリカとか海外の話が出てくるというのに、これ以降はあまり石原さとみが出てこないってところです。やっぱりちょっと、あの演技はちょっときついというか、もうちょっと抑えても良かったんじゃないの、とは思います。英語頑張ってるなぁ、とは思ったんですけどね。

 ゴジラの最後は、個人的には微妙でしたが、ある意味それまでが面白かったので、まぁ、寄り切りかな、と。

 

 とまぁ、映画館でずっと楽しめる映画でした。上にも書きましたが、これは日本でしか描くことの出来ない怪獣映画であり、ハリウッドでいかにモンスターの名前を「KAIJU」にしてもたどり着けない境地だと思います。

 この映画で描かれていたゴジラは、細胞一つ一つが驚くべき速度で進化を繰り返す、ということでしたが、日本が言わばそうなのかもしれません。一人のヒーローではなく、多くの人間たちがそれぞれ自分たちにできる最大限の努力をして、困難に立ち向かう。ある意味、日本とはゴジラそのものなのかもしれません。

 

 

 ただ、ちょっと気になった部分といえば以下の3点です。

 

・善人しかいない

 登場人物が基本的に善人しかいないので、人物たちが単なる駒っぽくなってしまっている所はあったかもしれません。ただ、そういう悪人というか、面倒くさい要素を増やすとこの映画の持っている良さを殺してしまうおそれもあるので、これは問題ないかな、とも思います。ただし、基本的には全員が「日本のため」「日本国民のため」という感じで動いているのは、ちょっとアニメチックになってしまったかな、と思います。

 もちろん、官僚的な縄張り意識というか「うちの管轄じゃねーだろ」的な小競り合いはあるので、ハリウッド的な悪人がいなかっただけなのかもしれません。

 

・人物の顔のアップばかり

 これは人物描写にもつながるのかもしれませんが、基本的には喋ってる人のアップ描写が多かったので、もう少しカメラワークを変えても良かったかもしれません。ただ、個人の名前を覚えてられないので、顔を見せないと誰が何喋ってるか本当にわからないかもしれませんね。

 

石原さとみ

 ルー語が寒い。面白くない。

 

 

 これくらいです。

 とにかく、ここまできちんとした邦画のビッグバジェットタイトルを観ることができました。

 個人的には85点です。

【ネタバレ】ジョージ・クルーニー劇場 開幕~『マネーモンスター』を観て~

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 映画『マネーモンスター』を観てきました。ジョディ・フォスターが監督している作品ですが、個人的には凄く面白かったです。

 

 基本的には「ジョージ・クルーニー劇場」です。頭も顔もいいけど性格は悪くて、軽薄で、嘘つきで、すけこましで、もう本人じゃねーかってレベルの当たり役です。ていうか、こういう感じ以外の演技ってアレですよね、ブルース・ウェインくらいしかやったことないですよね。いや、ブルース・ウェインも同じか。(そう考えるとバットマン役も間違ってはいなかったのではないか。バットマンクレジットカード以外は)

 なんで、ジョージ・クルーニーが嫌いな人は、この映画何一つ面白く無いと思います。クソだと思います。僕は好きです。

 もうジョージ・クルーニーが踊ってる時点で、個人的には大満足でした。Dan the Automatorの『What Makes The World Go Round』に合わせて踊る姿は情けなく、バカっぽく、テレビというもの(ショー)のアホらしさを端的に描けていると思います。

 全く映画の中で有効ではなかったんですけど、途中でクルーニーが犯人と「人生の点数ゲーム」をやってる時のクルーニーには深くにも感動してしまいました。ただ、何度も言うように、この話はあんまり映画に関係ないっていうね。すごい、人生への賛歌に満ち溢れてるのに、言ってる奴はクソ野郎っていう、凄いいいシーンなんですけどね。

 ジュリア・ロバーツジョージ・クルーニーが揃ってるってことは、もはや宇宙に飛ぶしかないような感じですけど、今回もこの二人の掛け合いは良かったですね。この二人の関係性の演出も少ない情報から最大限に類推されるものになっていたと思います。

 あと、犯人(カイル)の描き方も良かったです。恋人の罵詈雑言がすごすぎて笑えました。ただ、映画最後のニュース映像でカイルについてキャスターが語りますが、仕事、家族構成についてはわかってるんだけど、それ以外についてはまだ分かりません、と言うのみ。それはつまり”何者でもない”、つまりは”何者でもありうる”ということなんだと思います。

 映画の冒頭で、クルーニーが金を無くした奴はたくさんいるが「銃を持ってやってきたのはお前だけ」と嘲ります。これは資本主義社会の極地である株式市場というものでは、もはや負け組は、存在すら認識されていない、ということなんだと思います。少数の勝ち組を勝たせるための装置でしかないその他大勢の負け組。その構図を示す人物像系としていい感じでした。

 

 色々良かったんですけど、気に入らない所も3つありました。

①爆弾が粘土だとバラすタイミング

 あれが爆弾でないとわかった瞬間から、この映画は緊張感が全くなくなります。ただこれは、主人公と犯人が共闘関係を築いたくらいから緊張感はなくなりつつあるので、タイミング的には悪くないのかもしれませんが。

 

②犯人の死に方

 まぁありきたりすぎるというか、こうしか出来ないかな、と思ってしまいました。悪くはないんですけど、新鮮味はないです。というか、なぜベストを撃たなかったのか、という疑問も残ります。あそこで犯人を撃ったとしても、爆弾が爆発するだけです。それなら、あそこでウォルターを撃って殺すくらいならおもしろいラストだったと思いますが。

 

③最後のクルーニージュリア・ロバーツの会話

 これも、分からなくはないんですけど、最後に「来週はどんな番組撮る?」とロバーツが聞くという意味は、ジュリア・ロバーツは他局に移ることをやめ、クルーニーとこれからも一緒に仕事をする、という意味だと思います。

 ただ、あれだけの事件があって、二人とも死ぬかもしれない状況をくぐり抜けて、何も学ばなかったのか? と思ってしまいました。

 そもそも、今回の事件はもちろん、不正を行った人の責任でもあるわけですが、それも含めて自分たちが末端ながらでも関わっている株式市場というものが招いた事件とも言えるわけです。(もしかすると、あの犯人に近い位置にいる分、罪はより重いという考え方もできます。)

 つまりは、自分たちがあの犯人を作り、殺したとも言えるわけです。主人公たちがそこから何も学ばない、という描き方はちょっとまずいと思います。

 それこそ、マネーモンスターみたいな番組は、アメリカにはいくらでもあります。最後のシーンで、マネーモンスターとは違う株式情報バラエティみたいな番組が流れます。それどころか、何故かそこで向こうのユーチューバーの声が入り「誰でも有名になれるぜ」というメッセージが流れます。これはつまり、主人公たちがこの世界から離れても、代わりの番組なんかいくらでもあるし、なんなら個人レベルでもそんなことをする奴は出てくるぜ、ということです。

 だったら、もうちょっとはっきりと主人公たちは、この世界から抜けだそう、という方向に行っても良かったんじゃないかな、と思います。そうしないと、あまりにも物語が不謹慎の方向に振れてしまうんじゃないかな、と思いました。

 

 色々言いましたが、僕は楽しめました。

 80点です。

【ネタバレ】悪意をもって描く青春~『日本で一番悪い奴ら』~

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 映画『日本で一番悪い奴ら』を観てきました。

 映画全編を通して最高。楽しい。でも、最悪。という素晴らしい映画でした。

 

 本当に色々と褒める所はいっぱいあると思いますが、今作の個人的に一番良かった所はキャスティングでした。

 主演の綾野剛を筆頭として、出てくる全員が最高に合っていたというだけでなく、「本当にこういう人っぽい」と思わせるだけの演出もあり、見ていて映画であることを忘れそうになりました。

  YOUNG DAISに関しては、『TOKYO TRIBE』での演技とはまた違う演技で、これも凄く驚きました。『TOKYO TRIBE』でも自然な演技だったので「この人は演技してなくて、こういう人なんだろうな」と思っていたんですが、今作観ても「この人こういう人なんじゃ ねーか」と思わせるほどの自然さ。良かったです。

 綾野剛については、もう、何も言うことないです。ほんとうに最高でした。最初の「勃起してんじゃねーよ」「勃起してねーよ」のやりとりは映画館で吹き出してしまいました。

 ただ、その中でも特に良かったのは、植野行雄(デニス)でした。というか、本当に個人的にはMVPでした。というのも、植野行雄の今回の作品における境遇というものが、演じていたラシードと非常に似通っていた、ということが大きいと思います。

 植野行雄はお笑い芸人であり、役者ではありません。また、ポルトガル人のハーフでありますが、外国語は全く喋れない。なのに、この大きさのタイトル作品に出てしまっている。この異物感こそ、ラシードというキャラクターに最も必要な「異国から来た人」感につながっていると思います。自分の元いた場所(国)から遠くはなれている寄る辺の無さ、それでもやっていけるだけの楽天さ、そして、それでも襲い掛かってくる運命。それら全てを、植野行雄は非常に頑張って、体当たりで演じれていたと思います。本当に凄いと思います。

 

 ただ、この植野行雄のキャスティングが、この作品の根底に流れている「悪ふざけ」というか「意地の悪さ」というものを表してるのかな、とも思います。

 この作品の主人公の描き方は『凶悪』でのピエール瀧に似た立ち位置というか、方向性としては似ていると思うんですよね。

 それは、悪いことをしている人間こそが、実は弱い人間であり、何かにすがっていないと行動を起こせない、生きていけない、というキャラクター造形の方向性と思われます。

 なぜこの二人が悪事を働いているのに魅力にあふれているのか、それはこの二人が非常に人間らしいから、と言えます。つまり、人間らしい弱さがあり、そこに悲哀があるから、とも言えます。

 更に今回は、ただでさえ悲哀の対象になりうる人物の、ある意味で青春を描いている、とも言えるんです。中村獅童、YOUNG DAIS、ラシードと一緒に悪事を働いている主人公は、図らずも青春を過ごしているとも言えます。そこには、主人公の全能感があるわけです。そして、そこから転がり落ちていくからこそ、より弱さが引き立ち、人間的な魅力を表現できる、とも言えるわけです。(『凶悪』と本作のテーマ的な違いはここにあると思います。『凶悪』はそれこそ善悪についての問があったわけですが、今作ではその色合いは薄く、どちらかと言うと主人公の人生を描いているにとどめています)

 その落差を演出することこそ、この映画の「意地の悪さ」であり、この監督の「悪ふざけ」なんだと思います。

 インタビューを読むと、この映画はゲラゲラ笑いながら撮っていた、とのことです。でも、一つの言葉であったり、シーンであったり、それだけを切り取るとユーモアにあふれた場面が多いこともうなずけます。

 ただ、それは登場人物たちをドライに、それこそ客観的に見ているからこそできる演出とも言えます。

 つまりは、キャスティングをしている時点で、その悪ふざけは始まっていたんじゃなかろうか、と思ってしまうわけです。「こういう人物なら、こいつ当てとけば、面白いんじゃね?」というゲラゲラ笑いながらの会合が行われたのでは、と勘ぐってしまいます。

 

 ブラックユーモアに溢れ、一人の男の青春と転落を描いた、和製スカーフェイスとしてかなりレベルの高い作品になっていると思います。

 個人的には90点です!

【ネタバレ】ただただ楽しい~『デッドプール』を観て~

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 アメコミ映画『デッドプール』を観てきました。

 海外ではかなりの大人気で、すごい売れてると聞いてます。日本ではあんまり有名でないキャラクター(と思ってますが、そうでもないのか)なので、日本でも同じような売れ行きになるか、というところですか。

 海外では大人気のキャラクターでもあるので、前々から実写化自体の計画はあったと聞いています。それこそSPAWNができたんだったらこのキャラクターのほうが作るの簡単なようにも思うのですが、結局はウルヴァリンのちょい役でそれっぽいのが出てきたのみ。今回、満を持して実写映画化。最近のマーベル・シネマティック・ユニバースの一員として、新しいX-メンの時間軸で登場、という感じでした。

 ネタバレで、感想を書いていきます。

 

 

 個人的には、80点位です。ただ、もっと面白いかな、と期待していたところも正直。

 実際に、トレーラーでも出てくる車のシーンに関しては凄くいいです。身内いじりと映画自虐ネタを詰め込んだオープニングから、息もつかせぬような激しいアクションシーンなど、序盤の詰め込みっぷりなどは凄い面白いです。おしゃべりをしながらのアクションも、ついついニヤッとしてしまうような敵の倒し方も小気味よく、アクションシーンだけ切り取ったらもう満点です。

 もちろん、アクションだけではなく、ラブシーンもアホらしくて凄く良かったです。祝日に合わせて幸せな時間の経過を描く、という形でしたが、ライアン・レイノルズの面目躍如というか、顔はいいけど情けない、というキャラクターに非常にマッチしています。あと、ヴァネッサ役のモリーナ・バッカリンがエロすぎて最高でした。個人的には、登場時の短い髪のほうが好みです。あとSMの女王様やってる時一瞬写った黒髪の時とか。これぞ娼婦、みたいな顔というか(失礼)。名前だけの繋がりであれですけど、エンジェルウォーズに出てきたヴァネッサ・ハジェンズに雰囲気が似てる感じがして良かったです。

 X-メン側として出てくるコロッサスとネガソニックもキャラは立ってるし、それぞれに本当にきちんとした活躍の場も用意されてる。全てにおいてきちんと交通整理されてるというか、よく管理された映画だと思います。

 普通に楽しいですし、カップルとかも「ウヒョー」って感じでみんな楽しんでいたんで、僕も普通に映画館で観て全く問題ない、凄い面白い時間を過ごせました。

 

 ただ、個人的には、もっと面白いかな、と思ってました。

 気になった点を3点、以下に書きます。

 

デッドプールのキャラクター造形について

 デッドプールというアメコミキャラは「狂っている」ということが大きな特徴と言えます。その「狂ってる」描写が、少し弱かったんじゃないだろうか、という感想です。

 もちろん、残虐な殺し方であったり、第四の壁の破壊(画面の向こうの観客に話しかける)などは狂ってる要素ではあるんですけど、なぜかあまり変に見えない。なぜだろう、と思ったんですけど、たぶんそれは、デッドプール自身をきちんと客観的に描写するシーンというか、コロッサスとかに「あいつどこ向いてるんや」というシーンをもう少し増やしても良かったのではないか、と思います。

 あと、これは原作とは違うかもしれないんであれですけど、そもそもウェイドさん自体が若干狂ってる人って描写だったので、デッドプールになってからもあんまり変わらないように見えてしまう、というのもあったのかもしれません。

 

②話の構成が少し複雑

 この作品は

 残虐な殺陣 → 昔話 → 殺陣 → 昔話 → 昔話

 という風に、ブレーキが多いのが印象に残りました。確かに、「なんでデッドプールはこうなったの?」とか「赤い服はなんで着てるの」とか、謎に思うのは思うんですけど、それを説明するためにいちいち過去の話を挟むから、あんまり乗れない。というか、テンションが一旦リセットされる。これ、DCですけど『マン・オブ・スティール』でも同じ感想だったんですが、こっちが「ウッヒョーーー」となるギリギリでテンションリセットされるんで、糞詰まりみたいな気持ちになるんです。もう少し、まっすぐ話をできても良かったんじゃないのかな、と思います。ここらへん、最近で言うと『シビルウォー』は全くもって真っ直ぐなわけですよ。まっすぐだから、観客のテンションの持って行き方もだいぶ楽なんです。一緒に乗れるわけだから。

 この映画はそこを解消するために、過去の話でも残虐な殺しをしまくるわけですね。スケートリンクの殺し方はすごい良かったです。そこら辺も含めて、この映画は非常に考えられて作られたんだな、ということはよく分かります。ただ、それもまたブチ切りになってしまうので、ちょっとテンションの持続という点では、物足りないかな、という感じでした。

 

③敵が微妙

 これは完全に、言いがかりレベルなんで別に気になる人はいないと思いますが、敵の能力が微妙というか、地味。なおかつ、地味な割によく分からない。

 フランシスとエンジェルの二人が敵ですが(X-メンでエンジェルでこっちかよっていう)、二人の能力の説明はきちんとされています。フランシスは特にきちんとされてます。人一人簡単に持ち上げられる身体能力と、痛みを感じない体。その副作用として感情がなくなった、と。ただ、結構笑っていたり、なんか怒ってたりするんで「ほんとかよ」って思うので、ここももう少し描写を割いても良かったかも、と思ってしまいました。「お前にも感情あるじゃねーか」的なベタなのはいりませんが、なんかこう「あ、こいつ本当に感情無くなってるな」という描写もあんまりない。役者さんは凄い頑張ってて、普通に喋ってるだけでそういう感じは出てるんですけど、「ただの大根なんじゃねーか」という風にも思えました。そんなことはないと思いますけど。

 あと、所長感が全くないっていう。火事のシーンで白いシャツ一枚に消火器持ってるのは冗談キツすぎるぜって思いましたね。

 エンジェルも、「力強いんで」っていう凄いアホみたいな能力ですけど、力強いだけじゃなくて凄い頑丈じゃん、というので「まじかよ」と思ってしまいました。力強いだけじゃないんだ、っていう。よく考えたら、すごい力でぶん殴れるってことは、体全体が頑強じゃないとできないよな、ということに気がつくべきだったんですけどね。これはもう、僕がアホだっただけの話なんですけど。

 

 色々言いましたが、これらも全て自分で勝手にハードル上げてしまった結果なので、普通に楽しい映画が観たいって人は気にならないと思います。

 あんまり期待するってのは、良くないってことがよく分かりました。

【ネタバレ】在りし日の管理された思い出~『COP CAR』を観て~

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 ケビン・ベーコン出演の『COP CAR』を観てきました。

 前評判で、これは良さそうだ、と思い、近場の映画館に乗り込んだ次第です。

 ネタバレ全開ですが、よろしくお願いします。

 

 

 まず、全体としては、凄く良かったです。と言いましても、この作品、上映時間は凄く短い。1時間半くらいですかね。かなり短いです。話自体もかなり急ピッチで進むといいますか、事態があれよあれよという間に転がっていき、最後にはそう来るか、というオチが付くという感じです。話自体も、ほぼ予告の内容で事足りるというか。

 音楽の使い方も良かったです。メインテーマも不穏な感じでカッコ良かった。

 あと、この話って大体一日で終わる話だと思いますが、昼頃から夕方になり、そして夜になるという当たり前の風景が、やけに美しく胸に残ります。昼間っから愉快に友達と隠語連発の楽しい旅だったはずが、いつのまにやら銃をつきつけられ、正義の味方であるはずの保安官にも脅され、最後には真っ暗闇の中、家に向かって全力疾走をするという、ある意味でジェットコースターな人生ですよね。

 

 冒頭での少年たちが、やることなすことが無鉄砲すぎるし、10歳位なので、計画もずさん。最初に例の車を見つけた後の行動を見ると、ただ遊んでいるだけにしか見えません。ただ、この頃ってこういうの大真面目にやってたよなぁ、と懐かしい気持ちになります。パトカーにタッチしようぜ、なんて、何考えてんの、という感じです。

 ここら辺は、『スタンド・バイ・ミー』観てる感じですね。小学生くらいの少年二人による、幼少期のいい思い出。素晴らしい。

 ただ、銃で遊んでる時なんかはホラー映画の何倍も怖いです。あぶねーから! 銃口を覗くな、マジであぶねーから! と映画館で思わず叫びそうになりました。親の気持ちになれる映画でもあります。まぁ、最後には結局銃が暴発するというところも含めて、いわんこっちゃない、という親の気持ちに。

 なんというか、コメディとホラーをうまい具合に融合させられてる気分ですよね。

 

 あと、ケビン・ベーコンの演技も、本当に良かった。出てくる人みんな良かったですけど、ケビン・ベーコンの、あの「優しいけど凄い怖い」感じは、さすがだな、と思います。子供たちに語りかけてる言葉の端々に「あれ、この人、やっぱなんかおかしくないか?」という感覚。しかもこの映画のケビン・ベーコンは、本当に普通の警官なんですよね。普通の悪徳警官。だから、レクター博士みたいなサイコパス的なノリはあんまりないんです。それどころか、一生懸命頑張ってる。頑張って走ったりね。ただ、ところどころに「あれ?」「こいつ、やっぱりなんか変だぞ」というのを入れる塩梅が素晴らしい。ここら辺は、大変だったと思います。

 

 

 上映時間の短さに関しては、これは逆に良かったというか、語り口の上手さが際立つ結果につながったと思います。

 と言うのも、この映画はかなり情報を厳しく刈り込んでいて、一見すると説明不足に思える箇所が幾つもあります。

 それこそ、主人公たちが家出しているかどうか、最初は前情報なしだと分かりません。家の近所で遊んでるだけにも見えます。それを、少ない言葉であったり、情報で次第に肉付けしていく。なんで家出してるかの説明も全くありません。しかし、家族構成を聞かれるシーンで、それが若干分かるわけです。「ああ、この子は新しい父親とうまく行ってないのかな」とか、「お祖母ちゃんとばっかり遊んでいて、刺激が欲しかったのかな」とか。とにかく、情報は出すけれども、必要最低限で抑える。後は、物語の進行を邪魔させないようにする。それがこの映画の特徴です。

 そもそも、トランクにいたおじさんや、最初に死体処理されていた人も、なんでそうなっているかは分かりません。ケビン・ベーコンの悪事も「おそらく麻薬関係だろう」ということは分かりますが、何をしていたかまでは分かりません。そこも含めて、全てがきっちりと管理された情報統制の中で物語が進んでいきます。

 そう、すべての情報が管理されています。一シーン一シーンに意味があり、息もつかせない緊迫感があります。この緊迫感を2時間以上続けられると、逆につかれます。それに、これこそが映画の楽しみだ、とも言えます。

 近年、映画はそのお株を長編ドラマに奪われています。映画以上の予算規模で作られたドラマたちに比べ、映画というものがどうやって太刀打ちするのか。時間を長くして、前編後編に分ける? いえ、違います。逆に要素を切り詰めて、短くすることです。

 これは、昨年の話題作『マッドマックス 怒りのデスロード』でもそうだったかと思います。あの作品はもう少し長い作品でしたが、それでも要素を徹底して切り取り、必要な情報以外は出さず、物語の邪魔をさせないようにしたことで、緊迫感とドライブ感を演出していました。そのせいか、あの映画は観た後異様に疲れます。情報量が多いから。

 この映画も、実際に画面や言葉に付随する情報は多いです。しかし、それは非常に厳格に管理された情報なので、観客の物語への没入を邪魔しません。登場人物、場面、言葉、すべての要素を必要最低限に切り詰め、大事なことだけを客に伝える。これが、今後の映画の指針になるかもしれません。

 

 とまぁ、色々イイましたが、単なる少年二人のハチャメチャ珍道中としても充分楽しめる作品だと思います。

 個人的には、85点です。

【ネタバレ】生きとし生けるものすべて~『レヴェナント』を観て~

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 映画『レヴェナント』を観てきました。

 アカデミー作品賞をとった、ということもありますので、非常に楽しみにして行ってまいりました。

 ネタバレ全開で行きたいと思います。

 

 

 

 まず、映画として本当に最高の体験ができると思います。

 この作品は題材的には3Dで観る必要はないようにも思いますが、映像の素晴らしさ、美しさ、そして大自然の持っている「人間を全く顧みない冷酷さと優雅さ」を描き切っており、そのすばらしさを感じるためにも3Dで観ることも考えたほうが良いと思います。

 坂本教授が「本当の主人公は自然ではないか」とインタビューで答えていましたが(公開前なのに、完全ネタバレのインタビューで笑ってしまいましたが)、その言葉に偽りなし、といったところ。

 そして、アメリカの裏の顔というか、最近は題材にされていない開拓史を描いていることも、すごく面白かったです。テイザーくらいしか予備知識を入れずに観たんですが、すぐにインディアンが襲ってくるので「あ、これ、アメリカか」と分かります。ただ、分かったとしても、「これ、アメリカか?」と訝しく思ってしまうほどに、今のアメリカからはうかがい知れない側面でもあります。

 そもそも、インディアンが強すぎる、と言うか、怖すぎる。僕は寡聞にして知りませんでしたが、確かにアメリカ人(開拓者)にとってのインディアンとは、こういった存在だったのかな、と思いました。だからこそ、あそこまで迫害されたのだ、と。それくらいに恐ろしく描かれていました。なんというか、話が全く通じない感がひしひしと伝わる感じです。それは言語が通じないとか、そういうレベルの話ではなく、見ている世界観、前提が全く違う、ということです。

 途中で、フランス人とインディアンが物々交換の交渉をしているシーンが有るんですが、それがまさしく、言語は通じているけれども、考え方が全く違うシーンになっていると思います。もう、話が通じない。マジで。

 ただ、ここでは全く話が通じないこのインディアン、動いている動機は主人公と似ている点が何度も映画中に出てきます。それが「娘を取り戻す」というものです。だから、僕らがディカプリオを通じて観ている話に似ているのに、なんか理解できない。それどころか、その執拗さが気味が悪いくらいになっている。ただ、ディカプリオも、最終的には同じ境地に達します。最後、トム・ハーディを追いかけさせてくれと隊長に頼むシーン、隊長と話しているディカプリオは、もはやあのインディアン達と同じような存在でした。もはや、全く話が通じない、生きている世界が違う存在。

 

 イニャリトゥ監督は、前から一貫したテーマってのがあるのかな、というふうに思っていたのですが、今回の映画を観て、広義の意味での「自然と不自然」を描こうとしているのかな、と思いました。異質なものと異質なものとの邂逅を通じて、それが結局は止揚していく様を描こうとしているというか。なんというか。細かく見ていくと色々と違うんだけど、遠くから見てみると、全ては自然な成り行きにそって進んでいく、という物語を描こうとしているのかな、と思いました。

 例えば、今作に幾度と無く出てくる大河。映画の始まりは、その川の流れをじっと映すシーンで始まるのですが、その流れ自体は自由気ままで、奔放な自然として目に映ります。しかし、それが次第にカメラが離れていくと、結局は大きな流れにまとめあげられて見える。

  それは今作で第二の主役とも言える、様々に用いられるサバイバル技術もまた、基本的には「自然から何かをもらいながら生きていく」ということに他なりません。人間は不自然な存在なように思えて、結局は自然の中で自然と共生しているとも言えます。それが、何かを食べるであったり、大河でディカプリオがすがりついた大木であったりするのかな、と。

 この映画で、主人公は多くのものに助けられますが、それと同じく多くのものを無くします。もちろん、子供もそうですが、主人公が歩く度、どこかへ行こうとする度に、何かを食べ、誰かを失い、そして主人公だけが生き延びる。その姿が圧倒的な威力で画面に焼き付いている。

 『バードマン』の撮影の仕方から、また新たな世界を見せているな、とも思います。どうやって撮ってるんだろう、と思わずにはいられないですね。

 

 あと、これは撮影方法の一つというか、ただ凄いと思ったのは、息でカメラが曇るところですね。これ、凄いというか、マジかと思いますよね。絶対、カメラを曇らせるのってダメじゃないですか、普通に考えたら。それをやる。

 僕実は、今回の映画を見る少し前、あることが原因でイニャリトゥ監督の評価を少し下げていました。それは、マッドマックスアカデミー賞をとったある人の服装について、すごいイラッとした視線を投げてたことに、個人的にはガッカリしたからです。

「イニャリトゥ監督って、作品自体は凄い権威に対して向かっていく作品が多いのに、そんな服装なんか気にするの?」と思ったからです。

 ただ、この作品を見て、その考えを改めました。なぜなら、イニャリトゥ監督にしてみれば、外見とかで反旗を翻すことにはあまり意味は無い。そうじゃなくて、作品でこそ語るべきなんだ、という意識があるんじゃないのかな、と。勝手にそう思いました。ドクロマークの服なんか着てなくても、俺は権威に対していくらでも牙を剥いてやるし、その結果として、権威に認めさせてやるぜ、という勢いを感じました。

 それが、このカメラが曇るシーンですよ。別にこれって、うまいとか、新しいとか、そういうことじゃないと思うんですよね。しかも、例えば画面が曇りでホワイトアウトして、次のシーンに移るとか、そういうものでもないんですよ。ただ曇ってるんですよ。風呂にも入ってねーきったねーレオナルド・ディカプリオの臭そうな息で、画面がただただ曇ってるんですよ。

 ただ、これが自然だ、というのも分かるんですよね。で、これを凄いと思わせるだけの持って行き方というか、そういう技術がすごいんじゃないかな、と思いました。

 

 個人的には、90点です。