ボディロッキンで激ヤバ

ワンパクでもいい。ボディロッキンで激ヤバであれば。

【ネタバレ】褒めるところしかないはず~『メッセージ』を観て~

 

 

 ドニ・ヴィルヌーブ監督作品『メッセージ』を観てきました。同監督作品の『ボーダーライン』がかなり重厚で、現実的な部分とエンタメ部分の融合が非常にハマっていた事に対し、今作はそもそもSF作品ということで、どうなるのか気になっていました。そもそも、原作からして「よく面白い小説にできたな」という感想を持ってしまったような題材を、今度は映画化(しかもハリウッドの大作!)すると聞いたときは「血迷ったか」と本気で心配しました。

 結果としては、エンターテイメントとしても、そしてSF作品としても高い水準でまとまった、面白い作品になったと思います。

 以下、徒然。

 

 

・音の圧

 前作『ボーダーライン』でも顕著だったが、マッシブな低音や、一種の不協和音をBGMに置いていることで、場面場面の緊迫感が異様になっている。また、ヘプタポッドの音声も同じ方向性の音のため、ずっと見られている感というか、とにかく緊張感がずっと持続している。物語の序盤から中盤にかけて、非常に疲れる要因。

 

・原作と比べてエンタメ要素を増やした

 良いのかどうかは別として、エンタメ作品として楽しめるように工夫されてた。そして、個人的には良かったと思う。原作はどこか牧歌的であり、基本的には科学者の宇宙人交流日記的に感じられる。そこからいきなり娘の死や、叙述トリックをぶちこまれて「ほわーー」となったので、それはそれで良かった。ただ、それで3時間保たせるのは無理だと思うので、今回の改変は悪いことじゃなかった。

 ただ、これみよがしなタイムリミット設定や、なんかよく分からないC4爆薬設営など、「ちょっと過剰接待じゃないか」と思ってしまう部分もあるにはあった。

 

 

・娘の死因という、実は重要な改変

 原作と映画の一番大きな改変は「主人公が未来を変えれるか否か」というものだったと思う。

 その改変は、この映画のタイムパラドックス的なクライマックスを演出するためであり、なおかつ主人公が娘を産むことへの決意をより強めるために改変されたと思える。主人公は、言わば神にも等しい存在だ。彼女がその気になれば、大体の不幸は避けることができる。原作ではロッククライミングで死んだ娘だが、そんなことは映画版では起こるはずもない。なぜなら、その未来を知った瞬間(主人公はずっと知っているわけだが)、主人公は止めることができるからだ。だからこそ、彼女が救うことのできない死因を用意した。そして、それでも娘との出会い、娘との生活、生き方を選ぶことが、この映画の素晴らしい感動を生む。

 個人的に、この作品の根幹となるテーマは、最後にジェレミー・レナーが言っていたセリフに集約されている。「不幸な未来を知ってしまったとしたらどうする?」というという疑問に対して、彼は「その時間、一瞬一瞬を大事にしたい」というものであり、映画版では確かにそこが強調されている。

 それに対して、原作ではどうか。主人公は未来を変えれるかもしれないが、変えない。娘はロッククライミングで滑落し、久方ぶりに会った夫と検死を行う。そして、それが娘(あなた)の物語の終わりだ。

 これは原作者であるテッド・チャンの哲学というか、宗教観がそうさせているように思われる。原作、というより原作が入っている短編集をよめば、それがよく分かる。特に、テッド・チャンが神という存在に対してどういう捉え方をしているか、という部分を考えれば、原作の意図が見えてくると思う。

 テッド・チャンにとって神とは、天災や、その逆の思わぬ行幸など、人間にはどうしようもない事象全般を表現しているに過ぎない。つまりは、人間の解釈にしか過ぎない。それは、この映画の宇宙人のようなものである。原作においての宇宙人は、結局来訪の目的が分からないままなのだ。ただ現れて、質問に答えてコミュニケーションをするが、途中で急に消える。理由など分からない。ただ、神とはそういうものだ。

 そして神から得た異能に対して、主人公はただ受け入れるだけだ。夫と離婚することも、娘が簡単に死ぬことも、そしてそれを知ってしまいながらも、どこか客観的に世界を見続けていることも。すべてを受け入れ(しかも原作ではこうなったのは彼女だけではなく、またその未来予知を完璧にすることはできないだろう、という諦めまで吐露している)、それでも生きなくてはならない。しかし、それこそが生きるということなのだ。地獄ではない、この世界で生きる、ということなのだ。

 

 映画版では、テッド・チャンの宗教観はオミットされた。だからと言って、駄作になったのではなく、別の形で良作に変身できたと思う。

 ただ、たまには原作の牧歌的であり、どこか優しい8本足の巨人のことも思い出してあげてください。